[ little by little ]


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〜お題創作:【歩調】〜



 飛空都市の公園は、とても居心地のいいところだ。天候が調整されているから、日中はいつもさらりと爽やかな上々の好天続きであるし、広々とした青い空と心やすらぐ緑の中で過ごすのは本当に気持ちがいい。
 毎日忙しく寮と聖殿を行き来し、その合間にも王立研究院に行ったり占いの館を訪ねたりとくるくる立ち回る中で、公園はどこへ行くにもちょうどいい通り道である。目を楽しませてくれる色とりどりの花壇を眺めながら公園を横切り、時には陽光を受けてきらめく噴水のへりに腰かけて気持ちのよい水音に耳を傾けるのが、アンジェリークは大好きだった。
 女王試験が始まってひと月ほどは、何もかもが手探りな中、それこそ無我夢中で過ごすうちに日々が飛び去っていったものだったが、更にひと月を経た今では少しはそれなりに余裕もできてきた。
 つい先日には二度目の定期審査があって、ロザリアと同点で引き分けた形となった。今回は守護聖による投票形式で、それぞれの支持者が三名ずつと、どちらとも判断しかねると保留を申し出たのが三名という結果だったのだ。初回の大陸育成度評価の際にはとても太刀打ちできないような大差で大負けしたことを思えば、アンジェリークの主観的にはこれは十分快挙である。ことに、アンジェリーク支持に立った中に炎のオスカーがいてくれたことは、単純に多数決で上回ることよりずっと大きな達成感と喜びをもたらしてくれた。
(オスカー様に、認めてもらえた……)
 実際には彼は無条件に票を投じてくれたわけではなく、難しい顔で考え込んだ末に「今回は俺はアンジェリークを支持します」と結論を出したのだったが、それでも中立を選ぶのではなく自分の側に立つと決めてくれたのは事実だ。オスカーが棄権していたら三対二でロザリアの勝ちとなっていたのだから、あの判定のおかげで今回の引き分けが決まったのだとも言える。それに、彼には最初の審査の際に相当手厳しいことを言われていただけに、今回の嬉しさはひとしおだった。



 そもそもオスカーは最初から、アンジェリークやロザリアのことをお子様扱いしてからかってばかりで、それを腹立たしく思うことは日常だった。お嬢様気質のロザリアなどは、「あの方は女王候補を何だと思ってらっしゃるの」と大層おかんむりだったものだ。
 それでも気安く笑って軽口を叩いてくれるのは親しみの表現のようにも感じられたし、守護聖様に対して失礼かなと思えるくらいのきつい言葉で文句を言って怒って見せても軽く笑い飛ばして流してくれるあたりは、大人の余裕を思わせてちょっと魅力的だと思わないでもなかった。たまに「まあ頑張れ」とか何とか言いながらあの大きな手で頭をくしゃくしゃ撫でられるのも、「リボンが曲がっちゃうじゃないですか」と文句をつけながらも本当は結構嬉しかったりしたものだ。
 それだけに、初審査の後の叱責はこたえた。叱責──というのとも少し違うかも知れない。失敗続きでちっとも育成が進まないままに審査の日を迎えてしまったことに対し、ジュリアスから「何か申し述べることはあるか」と怖い声で尋ねられた時、喉に何かが詰まったように何も言葉が発せないままうなだれていたら、重すぎる沈黙を断つようにしてオスカーがずばずばと彼女の問題点を指摘し始めたのだ。一つ一つ簡潔な言葉でまとめられたその指摘は全て恐ろしく的確で容赦なく、ぐさぐさ心に突き刺さってくるようだった。アンジェリークはうなだれ続けるしかなく、見かねたルヴァが「まあその辺で」ととりなしてくれなければいずれは涙を落とすことにもなっていたかも知れなかった。
 それでも叱られて泣くなんて情けないことだけはしたくなかったから、オスカーに「反論は」と問われた時には、残った心の力をふりしぼるようにして何とかきちんと顔を上げた。
「ありません。全部ご指摘の通りです」
 声を震わせないことが精一杯で、それ以上は何も言葉を継げなかったけれど、ジュリアスが重々しく「わかっているならば良い」と頷いてくれたのには心底ほっとした。
「まだ試験は始まったばかりだ。女王候補としての自覚を持ち、大陸の民に対する責任を常に心しながら、これから一途に励むがいい」
 思いのほか穏やかな調子でジュリアスがそうまとめ、退出を許された時には、緊張の反動で膝から崩れるかと思った。何とかロザリアと一緒に恭しく一礼して大広間を出た後で、ふああっと盛大な溜め息をついて肩を落としたら、「オスカー様に助けられましたわね」とロザリアが素っ気なく言い残してそのまま優雅に去っていったので驚いた。
 助けられたとはとても思えないんだけど。むしろいじめられたくらいの気分なんだけど!
 そんな心の叫びの持って行きどころがないままに口をぱくぱくさせながらモヤモヤしていたら、後ろからぽんっと頭に大きな手が載せられた。
「お疲れさん。審査結果はボロボロだわ、ろくに答弁も返せないわでひどいもんだったが、最後まで泣かなかったのはまあまあ偉かったな」
 オスカーのそんな言葉が頭上から降ってきて、アンジェリークは今こそ泣きたいような怒りたいような気分で口を尖らせながら振り向いた。
「オスカー様、ひどいです。そんな風に言わなくたっていいじゃないですか」
「何だ、お嬢ちゃんはスポイルして欲しかったのか?」
 すぱりとそう返されて、真っ向から斬りつけられたかのような衝撃を受けた。批難するというわけでもなく、揶揄するような調子でもなく、単純に事実を確認しようというような淡々とした口調であっただけに、余計にぐさりと突き刺さってきた。
 スッと頭の奥が冷え、そんなつもりじゃないと逆らう気持ちと心の底に抱えていた甘えを見透かされたような羞恥とがせめぎあって息が詰まる。それでも自分は選ばれてここに来た女王候補で、オスカーは守護聖なのだから、この問いにはきちんと答えなければならないということだけは彼女にもわかった。
「………そこまで子供じゃありません」
 大きく息をついてから何とかそう答えると、オスカーはにやりと笑ってアンジェリークの頭をくしゃりと撫でた。
「上出来だ。本音の感情がどうあろうと、その言葉を口にできただけでもまずは及第点というところだな。──ま、次の審査までのお手並み拝見と言ったところか。四週は短いぞ。泣き言言ってる暇はないと覚悟してかかれよ」
 最後はいつものからかい口調になって、ぽんぽんと彼女の頭を叩いて大股に去って行くオスカーの後ろ姿を呆然と見送ってから、アンジェリークは一拍遅れてやってきた反発の波を持て余してカッカとしながらくしゃくしゃにされたリボンをやや乱暴に整えた。
「あはは、思ってたより結構元気じゃん。ほら、綺麗に直したげるからちょっとじっとしていなよ」
 広間から出てきてそう声をかけてきたのはオリヴィエだった。アンジェリークは子供のようにぷんすか腹を立てていたところを見られたという恥ずかしさにうっすら頬を染め、大人しくオリヴィエの器用な手がリボンを直して髪を綺麗に整えてくれるに任せた。
「オスカーに何か言われた?」
「…スポイルされたいのかって聞かれました」
「へえ。そりゃまたわかりづらく期待されてるねぇ」
「え?」
 オリヴィエの言葉に戸惑って見上げると、彼はくすくす笑って彼女の額を軽くつついた。
「今はわからなくてもいいんだよ、追々にわかる時も来るだろうから」
 いよいよ謎めいた彼の言葉にむーっと考え込んでいたら、オリヴィエが軽いウィンクを投げてよこした。
「一つ言えるのは、あのままジュリアスの機嫌を損ねてたら今ごろはまだ長々と説教の最中だったろうってことかな。あそこでちゃんと顔を上げてはっきり答えられたのは良かったよ。あとは、次回までにある程度の成果をあげられるように頑張ることだね」
「はい。ありがとうございました、オリヴィエ様」
 じゃあねーとひらひら手を振って立ち去る夢の守護聖に一礼しながら、アンジェリークは今言われたことを胸の中でかみしめていた。
 ロザリアの言っていた通り、やっぱりあれはオスカーの助け舟だったのだろうか。言い訳のしようもないほど厳然とした事実を矢継ぎ早に並べ立てられ、反論はと問われたらありませんと答える以外になかった。本当は自分の問題点について自分できちんと考えて述べるべきだったのに、周囲にそれと感じさせなかったのは、彼の口調がことさらに厳しかったためだろう。そうやって『至らなかった点を率直に認めてこれから頑張る』という印象へと誘導してくれたのもオスカーだ。
 それだけ助けられておきながら、自分ではそうと気づけなかったことも恥ずかしい。その一方で、助けてもらってありがたいとか嬉しいとか素直に思ったりできない複雑な感情もくすぶっていて、なんだか胸の奥がもやもやする。アンジェリークはそんな自分の心を持て余して、一つ重たいため息をついた。
(私、本当に『まだまだ子供』だ……)
 そう認めるのは癪だったけれど、その通りだと思えてしまったのだから仕方がない。
(だったら、せめて今から頑張るしかないじゃない!)
 気持ちを奮い立たせて自分に言い聞かせたその瞬間が、アンジェリークにとって真の意味での女王候補としての第一歩だった。



 決意を新たに、めげないくじけない諦めないを自分の中の合言葉として育成に打ち込むことひと月。うまく軌道に乗り始めて少しゆとりができてくると、「民のためを一番に思う」ということの重みも実感として理解できるようにもなってきた。
 ただ望みを聞いているだけではいけない。ちゃんと先を見通しバランスを考えて、上手に理想的な発展の方向へと流れを作って誘導してやらなければならない。わかってはいてもまだ結構もたつくし、なんだかんだで無駄も多くて、ロザリアのようにうまくことを運べてはいないけれど、どうすればいいのかはだんだんつかめてきたところだ。
 今回アンジェリークを支持してくれた守護聖たちも、そのあたりを一定の進歩として評価してくれたのかも知れない。最初に大きく水をあけられていて、今もロザリアの方が明らかに要領よく育成を進めているにもかかわらず、それでもアンジェリークに票を投じてくれたからには、緻密で正確な育成手腕だけが評価の対象になっているわけでもないということなのだろう。そう思えば、遅れを取っている自分でも、どこかに何かの取り柄があると信じて頑張れるというものだ。
(もっと頑張って工夫して、この次にはなんとかロザリアに追いつけるくらいまで進められたらいいな)
 アンジェリークはそう思いながら手近なベンチに腰を下ろし、資料のファイルをぱらぱらめくって今朝方王立研究院で貰ってきたデータとにらめっこを始めた。
 ああでもないこうでもないと頭の中でシミュレーションを繰り返し、うんうん悩んでようやく送るべきサクリアを三つまで絞り込む。しかし最後は理詰めでは選びかねて、感覚任せで「今日は光と水を少しずつ」ということに決めた。
 この辺がロザリアと比べてもう一つ詰めの甘いところなんだろうなあと思いながらも、決めたからにはもう迷わずに、彼女はパタンとファイルを閉じて勢いよく立ち上がった。
「よしっ、今日もがんばる!」
 声に出して気合を入れたところへ、背後からハハッと張りのある笑い声が降ってきた。パッと頬を染め、慌ててくるっと向き直ると、案の定オスカーだ。
「よう、お嬢ちゃん。相変わらず元気そうで何よりだ」
「こんにちは、オスカー様」
 いかにも面白そうないつものからかい口調に一々反発するのはやめておき、きちんと頭を下げて丁重に挨拶する。オスカーはほう?と軽く眉を上げ、一層面白そうな光を湛えた瞳でアンジェリークを見下ろしてきた。
「お嬢ちゃんはこれから育成のお願いかい? この俺の力が必要だったら、今ここで聞いてやってもいいぜ?」
「ありがとうございます。でも今はちょっと炎の力が強すぎるようなので、しばらくは結構です」
 てきぱきとそう答えてから、それだけだとつっけんどん過ぎるかなと思い直し、「今回は光の力と水の力を少しずつお願いしにあがろうと思っているんです」と付け加えた。
「いい判断だな」
 オスカーが満足そうに笑みを浮かべて頷いたところをみると、どうやら軽く試されていたらしい。正しく答えられたようだと知って、アンジェリークはほっとした。
「俺もこれから聖殿へ戻るところだ。お嬢ちゃんさえ良ければ同行させてもらおうか」
「はい、喜んで」
 にこりと笑って答えながら、これはきっとまたテストをされるんだなと思ってアンジェリークは内心で身構えた。
 オスカーはよく、こうしてさりげなく談笑しながらその実女王候補としての姿勢をはかるような問いを次々に投げかけてくることがある。それは彼に限ったことではなく、他の守護聖も折に触れてはやってくることなので、多分これも女王試験において守護聖たちに課された役目の一つであるのだろう。とはいえオスカーの場合、容赦のない大股ですたすたと歩きながら畳み掛けるように質問を重ねてくるということがほとんどなので、半ば小走りになりながらついて行くのがやっとという状態の中での質疑応答は正直言って大変なのだ。
(でも負けないんだから!)
 せっかく先日の審査で少し認めてくれたのだ。ここでもっと頑張って、もっと認めてもらいたいという気持ちに駆り立てられて、アンジェリークは勇ましく顔を上げて口元をひきしめた。
 その反応にオスカーがチラリと片頬に笑みを浮かべたような気がして、えっと思って見直すと、オスカーは機嫌よさげに空を見上げながら「いい天気だな」と笑った。
「こんな気持ちのいい日に、女王候補のお嬢ちゃんと並んで公園を歩けるとは光栄だ」
 先ほどまでのからかうような調子はそこにはない。さらりと自然に述べられた言葉は暖かみを帯びていて、少し気負ったアンジェリークの気持ちをどこか戸惑わせるものがあった。そのまま素直に受け取ってもいいのかなとちょっと迷ってから、彼女は遠慮がちに微笑んだ。
「私の方こそ、オスカー様とご一緒できて嬉しいです」
 これなら礼を失してもいないし、舞い上がっていい気になってるようにも聞こえないだろう。嬉しい気持ちだって本当なのだから間違ってもいない。
 それから彼女は、審査の日の礼をまだ直接言っていなかったと思い出し、振り仰ぐようにしてオスカーの顔を見た。
「あの、オスカー様。先日の中間審査では、どうもありがとうございました」
「ああ、あの投票か」
「はい。最初の審査の時がひどすぎた分、今回少しはましになったっていう程度なのはわかってますけど、それでも一応認めていただけたのはやっぱり嬉しかったです」
「謙虚だな、お嬢ちゃん」
 オスカーは大きく笑い、ぽすっと軽くアンジェリークの頭を撫でた。
「本当にすれすれの、ぎりぎり合格ってところだったがな。そこはちゃんとわかっているようで何よりだ。それでも、しっかり女王候補の自覚をもって頑張り続けたことは評価に値すると思ったから票を投じた。ま、お嬢ちゃんがまだまだなのは確かだが、伸びしろがあるってのはいいことだぜ。この調子で頑張っていけば、この試験が百日を数える頃には結構形になっても来るんじゃないか?」
「…がんばります」
 やっぱりオスカー様は甘くはないなあと思いながら、アンジェリークはぺこりと頭を下げた。でもひと月前と比べたら、そんなに厳しい感じではなくなっているとも思う。少しはちゃんと『女王候補』として認めてもらえたのかなと思ったところで、彼女はふとオスカーの歩調がいつもよりも緩やかなことに気がついた。
(今日は普通に歩いてるのに、ついていけてる……もしかしてオスカー様が合わせて下さってるのかな?)
 そうだったらすごく嬉しい。レディとまではいかなくても、ちゃんと女の子として気遣って下さっているのなら。そんな気持ちが胸に満ち、ちらりとオスカーを見上げたら、彼がちょうどアンジェリークを見下ろしてフッと笑みを浮かべたところだった。
「言ったろう? 並んで歩けて光栄だってな」
 すっかり見透かされていたかのようなその言葉に、アンジェリークは反射的にボッと顔を赤らめた。
 どこまでお見通しだったんだろう。そんなにわかりやすく顔に出ちゃっているんだろうか。そんな風に思ってあわあわしていたら、オスカーが小さく吹き出し、クスクスと楽しげに笑い出した。
「俺は、責任に自覚が追いついていないようなお子様を甘やかす気はさらさらないが、色々わきまえた上で努力を怠らない者には年少者でもちゃんと一目置くんだ。お嬢ちゃんもまあなんとか『レディ候補』と言ってやってもいいくらいには成長を見せているからな。相応の敬意は払わせてもらうぜ」
「まあなんとかだけ余計です」
 なかなか引かない頬の赤みを意識しながら、アンジェリークはつい強い口調で文句を返した。オスカーは面白そうにニヤリと笑って、「うん、やっぱりお嬢ちゃんはそうでなくちゃな」と機嫌よく言った。
「不当と思うことには反駁してくるだけの気概のある子は好きだぜ。だからと言って評価を変えてやるかどうかはまた別の話だがな。……だがそうだな、女性としての魅力の種をお嬢ちゃんがどれほど内包しているものか、ちょっと興味は出てきたな。今度ちゃんとデートしてみるか」
「え?」
「デートだ。育成状況がどうだとか人口の増減とか、そういう口頭試問めいたことは一切なしで、俺と一日普通に過ごしてみようぜ。俺はくつろいでいる時のお嬢ちゃんがどんな子なのか見てみたい」
「それはそれで逆に緊張します……」
 思わずぽろっとこぼれてしまった言葉に、オスカーは空を仰いでハッハと笑った。
「そういうところも含めて、素のお嬢ちゃんが知りたいんだ。いいだろう?」
 くすくす笑うオスカーはとても上機嫌に見える。アンジェリークはほんのり頬を染めたまま、コクリと小さく頷いた。
「決まりだ。──ああ、もう聖殿に着いちまったか。俺は先に寄っていく部署があるから、今日はここまでだな」
 オスカーの言葉に、ほんの少しばかり残念そうな色合いが混じっているように思えるのは気のせいだろうか、どうだろうか。それでも、「じゃあまたな」と軽く手を振り、さっさと普段通りの歩調に戻って去って行くオスカーの後ろ姿を見送りながら、このひとときが終わってしまって名残惜しいと思っているのはアンジェリークの方だった。
(なんだかちょっぴり悔しいなあ)
 アンジェリークは資料のファイルを抱え直しながら軽い吐息をついた。
(でも……デートかぁ)
 もう角を曲がって見えなくなってしまったオスカーの立ち去った方角を見やり、アンジェリークはトクトクと躍り出した心臓を今更に強く意識した。
 今よりほんの少しだけでもいい、もっと一緒にいたいという気持ちを、いつかオスカーにも抱いてもらえたらと思う。互いに名残を惜しんで少しでも長くいられるようにゆっくり歩調を落として歩くような、そんな時間が持てたら──と、アンジェリークは脳裏に一瞬そんな夢を描いてしまい、思わず恥ずかしさにぶんぶん頭を振ってその空想を追いやった。
 ああ、でも、本当にそんな風になれたらどんなにか幸せだろう。今はまだただの大それた夢に過ぎないけれど、いつの日かオスカー様に認めてもらえるだけのレディになって、ゆったりとしたあたたかな時を過ごせたら。
(うーん、道は遠い……かなあ、やっぱり)
 ふうっと大きく息をついて、アンジェリークは守護聖たちの執務フロアへ続く階段をゆっくりと登り始めた。
 遠い道のりであるのならなおのこと、一歩ずつでも確実に前へと進まなければ。少しずつゆっくりとでも、いつかはそこへと近づけるように。
「がんばろっと」
 ちゃんと頑張ったら頑張っただけ、オスカーはきちんと見ていてくれる人だ。そしてまた、今できることをひたむきに頑張ることでしか、彼に近づく手立てはないのだろうとも思う。──多分。
 だから今は育成を頑張る。ただロザリアに追いつくというだけじゃなく、自分がエリューシオンをどう導いていくかもきちんと考えて、フェリシアを上回るだけの成果を目指すのだ。
 どうせだったら目標は大きい方がいいわと気持ちを奮い起こしながら、アンジェリークはジュリアスの執務室の前に立って顔を凛と上げた。

「失礼します、ジュリアス様。今日は育成のお願いに上がりました──」











なんとも時間がかかったものですが、この「歩調」をもって2005オスカー様誕生祭企画のお題もようやくコンプリートです。一応。
いやー10年以上かかるかと思ったけど、そこまでは行かずになんとかなったか!(笑)
とはいえなんとも糖度の低いお話になってしまいまして、せっかくのオスカー様誕生日記念更新なのにごめんなさいねーという気分も少々。
お題の「歩調」もいかにも無理やり押し込んだという感が強くて、いやもう何かとすみませんとしか。
ここしばらくパラレルファンタジーものの世界に行きっぱなしだったこともあり、久しぶりの女王候補創作は「原点に返る」という感じになりました。まあリハビリということで一つご堪忍ください。

何はともあれ、オスカー様お誕生日おめでとうございます!

(12/21/14)       




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