[ リボンをほどく ]


日の曜日にはバラを
〜お題創作:【リボンを解く】〜



 最初にもらったのは、つぼみに近いくらいの一本の赤いバラ。初めてちゃんと「デート」と言えるようなデートをした、日の曜日のことだった。
「今日の記念に」と手渡してくれた時のオスカー様がなんだか素敵に爽やかで、いつものからかうような調子が全然感じられなかったから、素直に嬉しく受け止められた。
 デートの記念に赤いバラなんてちょっとキザだけど、オスカー様らしいと言えばらしいかも。とても自然な感じに一本だけっていうのも、さりげなくてスマートで、手慣れてるなあとこっそり思わずにはいられなかった。
 でも、そんなふうにちゃんとデートの相手として扱われるのは、ちょっぴり気恥ずかしいような、それでいて心がふわふわ浮き立つような、ほんのり甘くてくすぐったい気分でもあった。
 そんな気持ちも初めてで、お礼を言うとききっと赤くなっちゃっていただろうなって思う。
 オスカー様はいつものように、余裕の笑顔でさらりと流してくれたから、あまりひどく意識はしなくてすんだけれど。





 次の日の曜日もオスカー様とデートをした。
 二週続けて同じ誰かと過ごすのも、そういえばそれが初めてだった。
 そしてその日も、オスカー様は私にバラを贈ってくれた。今度は三本。最初のものよりほんのちょっとだけ開いた赤いバラ。
 受け取りながらふと思い当たって、私は一瞬迷ってからオスカー様を見上げて言った。
「このバラ、私のリボンとおんなじ色…ですよね? もしかして、それで選んで下さったんですか?」
 どうかな、そうかな、そうだといいな──と、そんな風に思いながら尋ねてみると、オスカー様は口の片端をちょっと上げるようにして笑った。
「当たりだ。見事に同じ色味だったんで、ちょっと面白いと思ってな。……赤いリボンの可愛いお嬢ちゃんに、似合いのバラだろう?」
 その問いかけには、少しだけからかい口調が混じっているようではあったけれど、オスカー様がなんだかくすくす楽しそうなので、これはこれでいっかと思うことにした。
 ただ型通りに「赤いバラ」だから贈ってくれたっていうんじゃなくて、オスカー様が私の為に選んでくれた花なんだっていうのは、正直やっぱり嬉しかったから。

 その日のデートもとても楽しくて、笑ってばかりいたような気がする。いつも気持ちのいい晴天の続く飛空都市ではあるけれど、空の色も緑の目映さも噴水の輝きも、いつも以上に鮮やかで心が躍るようだった。
 いっぱいお喋りして、いっぱい笑って。自分が楽しかったのももちろんだけれど、オスカー様もいつもよりよく笑っていたみたいで──それが一番嬉しかったし、なんだかすごくわくわくした。





 更に翌週。今度は六本のバラを手にオスカー様は現れた。やっぱり同じ赤い色の、先週よりも少し大きくほんのりと開きそめた、バラの花束。
 六本くらいになると、いかにも「花束」という感じになって、ちょっとロマンチックな気持ちにさせてくれる。
 その感覚はふんわりと心地よく、嬉しい気持ちが胸の奥からどんどん溢れて、笑顔になってこぼれ出るのが自分でもわかった。
 受け取った花束を抱きしめるようにしてお礼を言ってから、私は笑いながら何気なく、「だんだん増えてるんですね?」とつけ加えた。
 オスカー様の返事は、一拍遅れた。えっと思って顔を上げると、オスカー様は思いのほか優しい目をして私を見下ろしていた。
「ああ」
 短く答えて微笑むオスカー様に、ドキンと心臓が大きく跳ねた。
 ……何かが変わろうとしている。それを何と名付けられるかはまだわからない。でも、これまでとは少し違う何かが動き始めようとする気配。
 ドキドキして、まともにオスカー様が見られない気がして、腕の中の花に鼻先をうずめた。甘やかに私を包み込んでくるその香りに、なんだか酔ってしまいそうだった。

 その日は結局どこへも出かけず、私の部屋でお茶を入れてお喋りをした。
 落ち着かなくちゃと自分に強く言い聞かせて、なんとか普通に振る舞おうと努めたけれど──他愛ない会話がふと途切れる合間合間にオスカー様に目がいくと、軽く肘をついてリラックスした姿勢のオスカー様が、柔らかく微笑みながらじっと私を見つめていたりするものだから、どぎまぎして何かめちゃくちゃな言動をしてしまうばかりだったような気もする。
 そんな私を見守っていたオスカー様はと言えば、すごくくつろいで満足そうで、それになんだかとっても嬉しそうだった…と、そんな印象が強く残った。





 四週目ともなると、私もそれなりに心の準備をして迎えることができたと思う。
 うっすら予想していた通り、オスカー様が抱えてきたのは九本の赤いバラ。まだ少し小振りで若々しくはあるけれど、充分に美しく香り高く咲き開いたバラの花束だった。
 ここまで来ると、翌週に訪れるだろうことが私にもくっきり想像できる。十二本──ちょうど1ダースの、大輪のバラ。それは明らかに一つの区切りだ。
 九本の花束を受け取りながら、オスカー様の視線の熱さがありありと感じられた。
 答えを──と、オスカー様は求めているのだ。来週には答えを自分に差し出せと。彼がそう求めてきていることが、私にももうわかる。
 オスカー様は、私に考える時間をくれたのだ。デートを重ね、バラの数が増えていく間に、私がどうするかきちんと考えて決められるように。それと同時に、オスカー様のその意図にちゃんと私が気づいて、真剣に誠実に向き合って答えを出すかどうかということも、きっと試されているんだろう。

 その日、静かな森の湖で過ごした帰り道、遠ざかってゆく滝の音に耳を傾けながら、私はあらためてオスカー様の横顔をじっくりと眺めた。
 初めて会った頃は、正直あまりいい印象を持っていなかった。私やロザリアをお嬢ちゃん扱いしてからかってばかりで、なんて人だろうと腹立たしく思うことだって少なくなかった。でも、一旦認めたらきちんと真摯に向き合ってくれる人なのだということも、日々を追ううちにだんだんとわかってきた。
 今のオスカー様に、私はどう映っているんだろう。この人が本気で付き合おうと思えるレベルまで、ちゃんと達したと認めてもらえているのか。それともまだ、「お嬢ちゃん」から脱却できるかどうかと思われているくらいの段階なのか。
 どちらにしても、次の日の曜日が最終試験みたいなものなんだろうと、そう感じられた。
 そう思うと、ちょっと怖い。彼のことを素敵な人だと意識しながら、それでも恋人未満なこの位置で曖昧に時を過ごしていくことは、多分すごく楽なことなんだと思う。それはそれで、オスカー様はきっと女の子を気分よく過ごさせてくれるだろうし、わくわくどきどきしながら優しくしてもらうだけっていうのは、とても居心地がいいだろう。
 でもオスカー様はきっと、ちゃんとご自分の横に立てるだけの存在を求めてる。それがわかるくらいには、ここ数週間のデートでオスカー様ご自身の姿を見せてもらってきたと思う。
 ……私には、それに応えられるだけのものがあるんだろうか。そう思うことは少し怖くて、胸の奥がきゅっと引き絞られるような感じがした。

 いつもなら、私が沈黙していたらさりげなく話しかけて会話を引き出してくれるオスカー様が、今日はご自分も物思いに沈む風情だったので、二人して女王候補寮までの道のりをただ黙々と並んで歩いた。
「じゃあ、また来週な。お嬢ちゃん」
 寮の前まで来たところで、オスカー様がにこりと笑顔を向けてそう言った。さっきまでの物思いが嘘のように自信満々なその笑みに、なんだかおかしくなってしまって、私の口元もほころんだ。
「はい。また来週。オスカー様」
 ──また来週。そう、まだ思い迷う時間は一週間だけ与えられている。そう思ったら少しだけ気持ちが軽くなって、オスカー様にちゃんと微笑みを返すことができた。
 オスカー様は、うん、としっかりうなずくと、マントを翻すようにして私に背を向け、夕日の中を大股で去って行った。

「……お嬢ちゃん、か」
 そんなオスカー様の後ろ姿をじっと見つめながら、つい小さな呟きがこぼれて落ちた。
「お嬢ちゃんのままじゃ、やっぱりダメよねきっと」
 ふうっと息をついて、部屋へと向かう。自室に帰り着くと、出がけに活けていったバラがテーブルの上で出迎えてくれた。
 その色合いを眺めるうちに、無意識に手が髪をまとめるリボンへと伸びた。
「──あかいリボンの、お嬢ちゃん」
 前にオスカー様が口にしていたその言葉を、口の中で繰り返し呟いてみる。そうしてから、私は鏡台に向かって自分の赤いリボンをつんっと引っ張ってみた。
 このリボンは、「お嬢ちゃん」の象徴だ。多分オスカー様にとっても、私自身にとっても。なぜだか自然にそう思えて、私はするりとリボンをほどき、くるくると手に巻きとった。
 そのまま鏡に映った自分の姿をしげしげ眺める。と、背後に映り込んだバラの赤が、髪の辺りにいつもの色彩を添えてくれているのが目に入った。
 その瞬間、ふとオスカー様の茶目っ気に触れたような気がして、私の心臓がとくんと打った。

『そんなリボンは解いちまえよ、お嬢ちゃん。赤を装いたいのなら、この俺が情熱の赤いバラで飾ってやるから』

 からかうような笑いまじりのそんな言葉に、綺麗に決めたウィンクまで見える気がして、私は思わず吹き出した。
 考え過ぎ──なのだろう、多分。でも、オスカー様ならそのくらいのこと言いかねないわよねと思うと、くすくす笑いの発作が止まらなくなった。
 そうしてひとしきり笑ったら、なんだか気分が晴れて、すっきりせいせいした感じになっていた。
 私はオスカー様が好き。「お嬢ちゃん」としてではなく、オスカー様が認めるようなレディとして、彼の傍にいられるようになりたい。今すぐにはまだ無理でも、いつかは。
 素直なその気持ちのままに、リボンを解きたければ解いてオスカー様に会えばいい。そうやってはっきり、「お嬢ちゃんと呼ばないで」というメッセージを示しながら、彼の差し出す1ダースのバラを堂々と受け取ればいいんだ。──そう、強く思った。

 オスカー様が四週間がかりで用意してくれた、ロマンチックなお膳立て。気の長い話だし、よっぽど自分に自信がないと、ちょっとできない真似だとも思う。
 ちょっぴりキザでロマンチストで自信家で、強引そうにも見えるけど、だけど女の子の気持ちもちゃんと大事にしてくれるオスカー様らしい。そういうオスカー様が好きだなあって思うし、どきどきするけどやっぱりすごく嬉しい。
 だから来週は、リボンを解いて少し背伸びのおしゃれをして、オスカー様を待とう。
 ……どんな顔をなさるかな。オスカー様のことだから、きっとすぐに気づくわ。すぐに気づいて、ちょっと笑って、それでもキザな決め言葉のひとつふたつは忘れずに、バラの花束を差し出してくれるかしら。
 ああ、もう。
 ドキドキして、なんだかすごくドキドキして、心臓が破裂してしまいそう──。





 ───そうして、五回目の日の曜日がやってくる。












 お誕生日祝い更新ですが、例によって内容的には誕生日とは全く関係なく、単に今年の12月21日が日曜だったので「日の曜日」なネタで行こうかと。

 基幹ネタとなっているのは、だいぶ昔に新聞のコラムか何かで目にしたことのある、フランスの伝統的な告白方法という奴ですね。
 確か、『この女性と心に決めたら、まず赤いバラを一本プレゼントする。次に三本、六本…と贈るバラを増やしていって、十二本渡すときに愛を告げる。相手が花束を受け取ってくれたらOKの意思表示。恋人としてデートが始まる』という内容でした──って、そのまんまやないかーい!
 このネタに、ほとんど無理矢理の力技でリボンネタを絡め、お題創作の【リボンを解く】も兼ねてしまえ!という、はなはだ乱暴な一編でございます。こんなんでいいのか自分。

 何はともあれ、お誕生日くらいはなんとか創作更新でお祝いしたいという気持ちだけで一気書きいたしました。
 あんまり甘々でもないほんの小ネタで申し訳ないですけれど、これをもってオスカー様へのささやかなお祝いとさせて頂きます。

(12/21/08)       




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