いつものようによく晴れた、気持ちのよい日の曜日の昼下がり。
思い思いにくつろぐ人々でにぎわう公園を通り抜けながら、オスカーは傍らを歩いていたアンジェリークをふと見下ろして言った。
「お嬢ちゃんは、なんだか綿菓子みたいだな」
肩先でふわふわと踊る柔らかな金髪を軽く指に絡めて、小さく笑う。
「ピンクと黄色と緑色の、三色詰め合わせの綿菓子だ」
アンジェリークはたちまちぽぽっと顔を赤らめて、髪の先を弄ぶ彼の手から、慌てたように身をひいた。そして彼女は、何か言い返そうとしばらく口をぱくぱくさせていたかと思うと、少しだけきつい瞳でオスカーをにらむように見上げてきた。
「また、お子様向きだとかなんだとか、そうおっしゃりたいんでしょう?」
全く、彼女は怒ると実に綺麗だ。このきらきら輝く瞳のきらめきが見たくて、いつもついついからかってしまう。オスカーは、くすくす笑って手を伸ばし、もう一度その髪のふんわりと柔らかい感触を楽しんだ。
「別にそういうわけじゃあないが」
笑い含みな彼の声に、アンジェリークがむうっとむくれる。信用されていないなと、オスカーはなんだかおかしくなって、くっくっとのどの奥で笑った。
「綿菓子みたいに、口にした途端に甘く溶けちまいそうだと思ってな」
これは、本当のこと。
いつでも手の届くところにいるくせに、掴んで引き寄せてしまったら、淡い甘さだけを残してかき消えてしまいそうで。──そんな恐れに、ひどく慎重になっている自分がいる。
「オスカー様は、」
ちょっと探るように挑むように、アンジェリークが上目使いに問いかける。彼女が仕掛けてくるそれは、いつもの彼ならば失笑しかねないくらい、ごくごく稚拙なかけひきではあるのだが、それがなぜだか心地よい。
「…甘いものはお好きじゃないんでしょ?」
「──そうだな」
こういう単純なかけひきに乗ってみるのも悪くない。相手がこのお嬢ちゃんなら。
「どうせだったら、甘いカクテルみたいに俺を酔わせてくれる方がいいかな?」
軽く笑いながら、ことさらにからかうように、アンジェリークのやわらかな頬をつついてみる。
「お嬢ちゃんじゃあ、まだまだだが」
これは、嘘だ。
俺はとっくに、君に酔っている。
すっかり君につかまって、溺れているのは俺の方だ。
それでも、そんなことを今ここで、彼女に言うつもりなど毛頭ない。
大人と子供の狭間で揺れる、不安定なその緊張が、彼女自身の中でまどろむ彼女を日一日とつややかに磨いていくのを見つめながら、ここでじっと待っている。
この危うい微妙なバランスを、うかつに崩してしまわぬように。
唱えるべき呪文は知っている。それを口にするべき正しい時を、彼はじっと待っている。
正しい時と正しい呪文だけが、内なる緑の炎の精を、その眠りから覚ますのだから。
…ああ、そうだ。今はうとうとと夢うつつにたゆたっている、彼女本来の姿が目覚めたならば、どれほどあでやかなレディになることだろう。
燃えるような瞳でまっすぐに見つめてくるだろう、その鮮やかなしなやかな姿を思い描き、腕の中に強く抱きしめることを想像するだけで、どれほど激しく心も体もうずくことか。
なんという、甘美な痛み。
アンジェリーク。君はきっと知らない。他ならぬ君自身が、どれほど俺を支配しているかなんて。時折君が投げかけてくる視線一つに、この俺がまるきり息もつけない心地にさせられているだなんて、きっと想像もしていないんだろう。
今はまだ、綿菓子のような君。
そのほの甘い繭の中にあって、まどろむ君はどんな夢を見ているのだろう。その夢の中へと届くように、声なき声で語りかける。
──早くここへおいで、お嬢ちゃん。俺はここで、待っているから。君がその翼を大きく広げ、俺の元に舞い降りて、自ら俺の手を選びとってくれる日を。
早く出ておいで。ここへおいで。そしてこの手をとってくれ。
俺の──俺だけの──アンジェリーク。