惑星パラジェにて


◇ 惑星パラジェにて ◇




「ここが、惑星パラジェ…?」

 アウローラ号から降り立ったエンジュは、眼前に広がる光景に目を見張った。
 確か前回この地を訪れた時にも、整然とした街並みに力溢れる発展の兆しを感じて嬉しく思ったものだったが、その時と比べても格段に大きく立派な建物が並んでおり、目覚ましい発展を遂げた街を包む空気も更に力強い躍動感が加わって、行き交う人々が意欲に燃えて働いているのが肌で感じられた。
「前に来たときとは、まるで別の星ね…」
 こういう時には、時間の流れが違うということがまざまざと感じられる。その成長速度への驚きもさることながら、前回の流現の影響がこれだけ顕著に見られるというのは、積み重ねてきたことの成果が確かな形になったようで、やはり心が躍るものだ。
 エンジュがやっているのは、こつこつと日々の地道なサクリア拝受でブレスレットに力を溜めては、今度はアウローラ号で何日もかけて宇宙に配って回るという一種愚直な作業の繰り返しだ。だがそれが確かにこの聖獣宇宙に活力を与え、人々のために役立っているのだ。その実感は彼女に、使命をあずかるエトワールとしての自信と喜びを与えてくれるものだった。

 ──本当に正直なところを言ってしまうなら、突然使命とか言われてもわけがわからなかったし、普通に一学生として社会見学をしていた筈が、あれよあれよと流されるうちにエトワールなどと呼ばれ聖地で務めを果たすと決まっていったことには、戸惑いと不安しかなかったものだ。
(でも…)
 エンジュは、最初にこちらの宇宙へ移動してくる前に神鳥の女王陛下からもらった羽のブローチにそっと触れた。あの時の女王陛下のあたたかな微笑みが思い起こされ、宝石みたいな美しい緑の瞳に宿ったその信頼に応えたいと強く思った気持ちが蘇る。触れるうちに指先にじわりと温もりが生じ、そのまま全身が優しい金の波動に包まれてゆく気がして、ぐんと元気が湧いてきた。

「よしっ、この惑星で仕上げの流現を済ませたら、次はチェチカ星系で育成!」

 よく晴れ渡った空を仰ぎ、弾むような心持ちで呟いたところで、ふと街路の向こうに鮮やかな印象の色彩を感じて、エンジュはそちらへ目をやった。
(え? …ええっ? あれってもしかしてオスカー様!?)
 なぜ神鳥の守護聖様が聖獣宇宙に。
 いつもの執務服の青いマント姿ではなく、普通の市民のようなシンプルなモノトーンの上下に身を包んではいるが、印象的な赤い髪は目を引くし、そもそも滲み出る存在感のオーラが常人とは全然違う。はっきり言って、遠目にもすごく目立っている。
(地味な格好なのにセレブ感すごいんですけど…!)
 エンジュは内心に湧き起こった小さなおかしさをきゅっと押し込めて、小走りにオスカーの方へと駆け寄っていった。

「こんにちは、オスカー様。こちらでお会いするなんて思ってませんでした」
「やぁ…お嬢ちゃん。こっそり見にきたつもりだったが、見つかってしまったな」
 オスカーは軽く手を上げて応え、ニコリと笑って彼女を見下ろした。
「お嬢ちゃんは、今回はこの星系で育成かい?」
「はい。ここのあともいくつか星系を回って、順番に流現をしていく予定です」
「がんばっているようだな、お嬢ちゃん」
 オスカーは爽やかな笑顔で彼女をねぎらい、活力に富んだ街並みを見やって微笑んだ。
「ここは炎のサクリアに充ちている…なんとも心地よい街だ。お嬢ちゃんの努力のたまものだな」
 笑みをたたえていながら、その横顔はなんだかとても凛々しく引き締まって見えて、エンジュはひそかに感嘆の息をついた。

(こういう格好をしていても、ほんとに「騎士様」って感じだなあ…)

 エンジュのオスカーのイメージは「騎士」だ。
 一番最初の頃こそ、つるつるといくらでも流れ出てくる甘い言葉やウィンクや、息をするようにキザが溢れてくるような言動の軽さに戸惑ったものだが、そうした表面のふるまいは彼が本質を包みくらますポーズなのだとすぐにわかってきた。
 そんな彼だから、聖地の女性たちの間でも安定した人気はあるものの、誰にでも等しく投げかけられる甘い言動には意味はなく、本気に受け取る類のものではないという共通認識ができあがっているようだ。実際にエイミーやネネとのお喋りの中でそんな話題になった時にも、「ああ、オスカー様はそうよね」「オスカー様だもんね」とあっさり流されて終了だった。
「あれはね、本命はちゃんといるから俺に惚れるなよお嬢ちゃん、っていうメッセージなんだよ、多分」
 そんな風にクスクス笑ったネネの好意的な表情からして、きっと彼女はオスカー様の意中の人を知っているんだろうなあと、ぼんやり思った覚えがある。
 そのうちエンジュにも、彼の唯一の「レディ」は多分きっと女王陛下その人で、そのことに一切の揺るぎはなく、彼の本当の芯のところにある本質の姿は「女王陛下の騎士」なんだなということがわかってきた。
 とはいえ、彼に想い人がいるからといって個人的には別段さほど残念というわけではなく──そもそもエンジュ自身が良くも悪くも心を揺さぶられてしまう相手というのは、ああいう端然としたいかにも世渡り上手な有能タイプではなく、もっとこう、何かと世話が焼けるというかなんというか──

 そんな風に思考がうっかりよそへと流れかけたところで、ぽんっと「首座らしくない首座」のニカッと笑った顔が思い浮かんできて、エンジュは慌ててそのイメージをぶんぶんと振り払った。
「うん? どうした、お嬢ちゃん?」
「いっ、いえっ! その、オスカー様は、こちらへは視察でいらしたんですか?」
 内心の動揺を押し隠して、エンジュは目の前のオスカーにしっかり意識を向け直した。オスカーは軽く笑って、何も気づかなかったかのように「いや、仕事というわけじゃない」と答えた。
「執務の合間に短い休暇がとれたんでな。こっちの宇宙の様子を一度きちんと見てみたいと思ったんだ」
 オスカーはそう言って、パラジェの街をぐるりと見渡した。
「お嬢ちゃんも聞いたことくらいはあるかも知れないな。この聖獣宇宙は元は俺たちの宇宙があった空間に新たに誕生したもので、今の聖獣女王と補佐官と共にその最初の芽吹きを見守り力を注いで育てたのは俺たち神鳥の守護聖だったんだ。そんな経緯もあって、俺たちにとってもこの宇宙にはそれなりに思い入れがあるのさ」
 オスカーのそんな言葉に、そういえば歴史の授業で習ったことがあるなと思い出しながら、実際にその「歴史」の中を生きてきた相手にそのまま言うのは何となくはばかられて、エンジュは言葉にしては「おおまかな知識としては知ってましたけど、そうだったんですね」とだけ応じた。
 オスカーはただ微笑み、うんと一つ頷いた。
「そんなわけで、実際この地の健やかな発展を目の当たりにし、これほどにサクリアを具現した光景を見せてもらえて嬉しいぜ。守護聖として誇らしい思いになる。礼を言うぜ、お嬢ちゃん。──急な使命は重かったろうに、よく頑張ってきたな」
「そんな。ただ、選ばれて任されたからにはきちんと責任を果たしたかっただけで……でも、ありがとうございます。本当に嬉しいです」
 真摯なねぎらいの言葉に日々の苦労が報われたようで、じんと感動が湧き上がり、エンジュは胸のつまる思いで礼を述べた。
 オスカーは笑って頷くと、いつものように軽く綺麗なウィンクを投げて寄越した。
「目標に向かってまっすぐに頑張れる子は好きだぜ、お嬢ちゃん。思えば俺のかかわった二度の女王試験でも、女王候補たちは皆そういう頑張り屋の少女たちだったな。思うようにいかないときがあっても、顔を上げて、ひたむきに努力を重ねて。お嬢ちゃんにも是非、その頑張りを貫いていって欲しいもんだぜ」
「そうなんですか…」
 溌剌として仕事のできる感じのレイチェルや優雅に微笑む品のよいロザリアや、あたたかくも輝かしい光に満ちた女王陛下の姿を脳裏に思い描き、自分と同じような少女の時があったなんてちょっと思い浮かばないなあと思っていたら、オスカーがクスリと笑って遠くを見やった。

「ああ。今の補佐官殿たちも、聖獣の女王陛下も──もちろん、我が女王も」

 最後に付け加えられた「我が女王」という一言にだけ、オスカーの声音がはっきりと甘く変わる。
(わぁ…っ?)
 これまで聞いたことがないような、聞いたエンジュの方がボッと赤くなるような、甘い甘いやわらかな声。愛おしげで誇らしげで、まるで「俺の陛下」はすごいんだぜ?と自慢したくてならないかのような。
 優しい笑みに微かにほころんだ口元にも、遠く彼方へと投げられたその瞳にも、愛しさが溢れているのがエンジュにもわかる。彼のこんな表情は見たことがなかった。
 ──いや、神鳥宇宙では決して見せることはないのかも知れない。女王陛下ご臨席の場にあっても、公の立場ではただの一度も。
 守護聖としてではなく、休暇中の私人としてよその宇宙にいるからこその、この声音と表情なのかも知れないと、何となくそう思わせられるものがあった。
「……オスカー様、本当に女王陛下のこと大好きなんですね……」
 感慨のあまり、思わずぽろっとこぼれてしまった言葉にエンジュは慌てて口を押さえた。どうしよう、失礼なこと言っちゃったかも、と焦る彼女をよそに、オスカーはいかにも上機嫌にハハッと大きく笑った。
「もちろんだ」
 張りのある力強い声に、確固とした自信と強い誇りが満ちている。挑戦的にきらめく瞳で、ニッと笑ってオスカーは堂々と言い放った。
「俺の身も心も忠誠も、全て陛下の御許に。最高のレディに心を捧げられる幸福とともに、俺はある」
「あ、は、はい…!」
 思わずしゃきっと背筋を伸ばして返事をしてから、エンジュは小さくクスクスと笑った。
「とても、オスカー様らしいと思います」
「俺もそう思うぜ」
 さらりと答え、もう一回バチッとウィンクを決めてみせてから、オスカーはフッと表情をやわらげてエンジュを見た。
「そうして陛下の全てをお支えしたいと思うからこそ、二つの宇宙に心を砕きながら頑張ってしまいがちな陛下が心配だ。本来神鳥宇宙のバランスを保つために使われるべき守護聖の力を、今は極力限界まで聖獣宇宙へ譲り渡そうとして、ご自身のサクリアを平時よりも多く放出しておられるんだ。元々大変豊かな力をお持ちの陛下ではあるが、長く続けばやはりどうしても疲弊はされる。だから、お嬢ちゃんがこうして上手にバランスを取りながら効率的に育成を進めて、こちらの宇宙の新しい守護聖を一人また一人と着実に増やしていってくれることは、俺にとっても喜ばしいことなんだ。だからあらためて礼を言わせてくれ。ありがとうお嬢ちゃん、頼りにしてるぜ」
「いいえ…私こそありがとうございます。いつも皆様に支えていただいてるから、頑張れるんです」
 そう答えながら、彼の微笑みの向こうに敢えて言葉にはされなかった懸念がまだ潜んでいるように感じて、エンジュはきゅっと唇をひきしめた。
 きっと、時間の流れの複雑な制御が陛下のご負担になっているのを心配されているんだわ──と、そう直感的に思った。
 聖獣の女王陛下は幼年期末期の宇宙の安定を維持するのに精一杯。だとすれば、聖獣宇宙の成長スピードだけはそのままに、二つの聖地の時間の流れをぴたりと同調させてゆっくり抑え、その聖地の「一年」が終わる時にはエンジュが問題なく故郷に戻れるように、神鳥宇宙そのものの時間もそれに合わせて遅らせるという大仕事は、神鳥の女王陛下のお力でなされているはずだ。
 心配でないはずがない。でも守護聖たちはエンジュの前では、一言だってそのことに触れはしないだろう。
(陛下にも皆様にもすごく気を遣っていただいてる……その分、私はちゃんと頑張らなくちゃ)
 少しでも早く、聖獣の女王様を支える守護聖様を揃えて心身のご負担を取り除いて差し上げたい。神鳥の守護聖様がたにも、本来のご自分の宇宙を支えるお役目に戻ってもらって、神鳥の陛下にも安んじていただきたい。そんな思いを新たにしながら、エンジュは自分自身にえいっと気合を入れた。
「まだやっと四人の守護聖様が揃ったところですし、これからもまだまだ頑張りますね!」
「その意気だ」
 力の入ったエンジュの宣言に笑顔でエールを送り、オスカーはふと面をあらためた。
「さて、真面目に頑張るお嬢ちゃんの使命の邪魔をしちゃいけないな。俺はそろそろ行くとするが……せっかくだからその前に、お嬢ちゃんに一つアドバイスを贈ろうか」
「? なんでしょうか」
 目を瞬いて姿勢を正すエンジュに向けたオスカーの青い瞳が、キラリと悪戯っぽく輝いた。
「頑張り屋のお嬢ちゃんも魅力的だが、頑張りすぎるのも良くはないからな。要所要所で、ちゃんと適当に息抜きもするんだぜ? 『息抜き』にならこれ幸いと喜んで付き合ってくれそうな奴も、お嬢ちゃんの近くにはいるだろう?」
「…え」
「そういう奴にお嬢ちゃんが贈り物をするのなら──そうだな、お堅い真面目なイメージからの意外性を狙って、思い切って強めの酒を選んでみるのもいいと思うぞ。セレスティアのカンセールに並んでいる銘柄なら、まず間違いなくあいつの好みに合うはずだ。試してみるといい」
「ええええ…!」
 誰のことだかあからさまに明白な「アドバイス」にエンジュが目を白黒させて焦っているうちに、オスカーは言うだけ言って大きく笑うと、「じゃあな」と手を振って去っていってしまった。
「………うう。バレバレですか、オスカー様……」
 がっくりと肩を落とし、エンジュは真っ赤に染まった頬を両手でぱんぱんと叩いて、いたたまれない恥ずかしさを追いやろうとした。
「そういえば、レオナード様と一番仲がいいのってオスカー様だった……」
 そう呟いて、熱い頬を両手で包み込んだまま、エンジュはしばらく俯いてうううとうめき、それからぶるぶると頭を振ると、唇を引き結んで思い切りよく顔を上げた。
 せっかくの貴重なアドバイスだ。オスカーが言うなら本当に有効なのだろう。その手の機微には聡いであろう彼が応援してくれているのならば心強いというものだ。
 何となくだけれど、きっと多分、「オスカー様の陛下」のために力を尽くしたいと思ったエンジュへの彼なりの礼なのだろう。そう思った。
「がんばる…がんばろう……いろいろと。うん!」

 まずは目先の育成だ。
 このミラース星系パラジェで流現を済ませて、チェチカ星系に寄ってからモラノ星系へ回って、それから聖地に戻ればちょうど金の曜日の夜になる。次の日に育成報告に行った後でセレスティアに買い物に行けるから…、うん、大丈夫。予定は立った。日の曜日は決戦だ。
 ふうっと大きく深呼吸をして、エンジュは神器のブレスレットを眼前にかかげ、ここで流現するべき風のサクリアの解放を願った。

 どうかこのミラース星系に、勇気を運ぶ風の力の加護を。
 ……そしてついでにちょっとだけ、私の心にも勇気の後押しを分けてください……。



あとがき



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