SWORD


◇ SWORD ◇






 よう、お嬢ちゃん。今日も元気みたいだな。
 やっぱりお嬢ちゃんはそうでなくちゃな。

 せっかく来てくれたんだ。俺って男をよく知る為に今日は特別に、俺の大事なものを見せてやろうか?
 俺の、大事な剣…だぜ。
 持ってみるかい? 見た目より重いから気をつけてな───










 もう、随分と昔のことになる。
 俺がまだ草原の惑星にいた時。そう──次代の炎の守護聖として、故郷に永の別れを告げて聖地へやって来る直前のことだ。

 この俺がやがて炎のサクリアを受け継ぎ、「強さ」を司る守護聖になる存在なのだと、聖地からの使者にそう告げられたのは、確か十七の秋だった。
 突然お前が次の守護聖となるのだと言われた時は、さすがに思いもかけないことで面喰らいもしたが、故郷を離れるということ自体にはさほどの戸惑いはなかった。
 元々俺は、初等教育の後は地元のミドルスクールではなく首府にあった軍の幼年学校に進み、十一の時から寄宿生活をしていたし、十五で士官学校へ進学してからは、年間に数えるほどの日数しか家で過ごしてはいなかった。
 はっきり言って、俺は同期の中でも群を抜いて優秀だったし、聖地の使者が来たその頃には既に、卒業後は王立派遣軍の特殊部隊入りを目指そうと進路を定めてもいた。
 派遣軍特殊任務隊と言えば、エリート中のエリートだ。士官候補生の中でもほんの一握りの者しか挑戦を許されない狭き門だったが、挑戦するだけの価値はあると思っていたし、それなりの自信もあった。無論、自分が辺境星系の若造ひとりに過ぎないことくらいは理解していたが、その分自分の力が外の世界でどのくらい通用するものか、試してみたいという気持ちも強かった。
 そんな風に思っていたから、派遣軍入りの為に一旦主星へ出れば何年も帰れないことになるだろうと、その覚悟も既にできていたわけだ。──もっとも、ここまで長い期間離れてしまうことになるとは、想像を遥かに超えていたがな。
 それでも、一応の覚悟はあったことで、家族や故郷と訣別することになるのだという事実にも、ある程度冷静に向き合うことはできたと思う。
 どちらかと言えば、あらゆるプロセスを全部すっ飛ばし、一足飛びに宇宙の全軍を統括する地位につくことになるのだという、そのことの方に戸惑いが強かったかな。当時からいずれはトップに上り詰めてやろうという気概くらいは持っていたが、いくら俺でも十代のうちにいきなり頂点に立つというのは、少々荷が勝ち過ぎるような気がしたものだ。
 まあそれも、貴くも遠い存在であられた女王陛下を直接お守りしお支えする役目を与えられたのだという光栄と強い誇りとに、すぐに取って変わられたが。

 家族もまた、誇りを持って笑顔で俺を送りだしてくれた。有り難いことだったと思う。
 守護聖となって聖地に去っていった者は、残った者達から見ればある意味死んだも同然だ。異なる時間の流れの中で二度と会うことは叶わないし、そのまま神籍に入る形になるから、事実上家との縁も断ち切られる。
 まあ、守護聖を輩出した家系そのものは、その後何代にも渡ってさまざまな恩恵を受けられることになっているし、それは互いにとって一つの救いではあるが。
 俺の家は代々軍人の家系でもあったことで、軍務の中で命を落とすというのよりはずっといいと、家族の方にもそう納得しやすい土壌があったことも幸いしたかな。母は元々気丈な人だったし、当時まだ幼かった弟と妹も、ちゃんと納得してあまり泣かずに送ってくれたよ。
 そして親父は──最後の日、俺にこの剣を託してくれたんだ。


 正式に迎えが寄越され聖地へ赴くという日の直前まで、なんだかんだで準備やら送別の宴やらが立て込んで、俺は結構慌ただしい日々を送っていた。それでも最後の数日は、家族だけでゆっくり過ごし、思い出の地を目に焼き付ける為に馬を走らせてみたりなどするゆとりもできていた。
 思いがけない休暇のようだったその日々もついに終わりを告げ、明日には家を離れるという夜に、俺は親父の部屋へと呼ばれた。

 親父の書斎に入るときには、自然にぴっと背筋が伸びる。幼い頃から、叱責を受けるのも特別に褒められるのも、その部屋の真ん中にぴりっと直立してというのが決まりだった。馴染みのその緊張感を背筋に感じながら、それもこれが最後なのだなとふと感慨が胸をよぎる。そして親父はいつもの通り、どっしりと古めかしい机の傍らに立って、こちらに鋭い目を向けてきた。
 いつもその存在感は圧倒的で、対抗する為にはぐっと顎を引き締め、負けずに強い視線で受けて立たねばならなかった。その日もやはり、大きな巌のようにしっかりと立って俺を迎えた親父だったが、それでもほんの僅かだけ、どこかいつもの圧迫感には欠けるものがあるように感じられた。
「御用でしたか」
 そんな印象を持ったことをおくびにも出さないよう、そう親父に向かって口を切ると、親父はゆっくり頷いて、それからなんと俺に対して丁重な一礼をしてきた。
「お呼び立てして、申し訳ない」
 俺は少なからず驚いた。つい反射的に、何のつもりか問い返そうとしたが、顔を上げた親父の目を見て口を噤んだ。
 親父はその時、既に俺を炎の守護聖──少なくとも次期守護聖として遇していたのだ。そしてそのことに動じてはならないのだと感じた俺は、短く呼吸を整えてから「構いません」とだけ答えた。
 そのとき親父の目の中に、ちらりと満足げな光が走ったのは多分錯覚ではなかったろう。ともあれ親父はひとつ頷き、それからおもむろに腰から剣を外すと、両手で捧げ持つようにして差し出してきたんだ。
「これをお持ちになるがいい。私の心よりのはなむけだ」
 そう言われて、今度こそ俺は目をむいた。常に親父が携えていたその剣は、代々家に伝わってきたもので、当主の徴として受け継がれてきたものだ。何もなければいずれ長子の俺が家督と共に継ぐ筈だったものではあるが、俺がこうして家を出ることになった以上、その剣を受け継ぐのは弟のキリアンであるべきだった。
「頂けません。それは将来、当主としてキリアンが継ぐべきものです」
 即座にそう答えたら、親父はわかっているというような太い笑みを見せた。
「それでも貴君に持っていてもらいたいのだ。炎の守護聖殿に持って頂けるとあれば、父祖もきっと光栄なことと喜んでくれるだろう」
「いや、しかし──」
 俺が固辞しようとするのを見て取って、親父は薄く笑んだ。
「このまま我が家にあるよりも、貴君にこそこの剣が必要なのではないかと、そう思うのだよ。仮にも強さを司る守護聖となる方に対して失礼な言い種かもしれないが、子を思う親の心が最後に言わせることだとご勘弁願いたい。
 …守護聖となれば、人の想像を超える永い生を生きることになるのだと聞く。途方もない重責が間断なくかかるその長い歳月のうちには、苦しく辛く堪え難いことも少なからずあろう。そのお立場上、余人に悟らせることなく自らの力のみで乗り越えてゆかねばならないそのような時、心を支えるよすがとなるものは必要だ。傍におれば力にもなれようが、最早それはかなわぬ。ならばせめて、この剣を持って行って欲しい。それが私の心からの願いなのだ」
 訥々と語る親父は、急に少し小さくなったように見えた。俺は返すべき言葉を失って、そんな親父をただじっと見つめていた。
「オスカー。いや、オスカー殿。この剣はきっと貴君の力となる。何代にも渡って我が一族を守ってきた父祖の思いが、きっと貴方を支えてくれよう。そしてこの草原に、貴方と同じ血を受け継ぐ者が生き続けているのだということを忘れずにいて欲しい。自分のルーツを、輝く草原を、ゆめ忘れられるな。…持ってゆかれよ。そして遥かな未来に、この剣を携えてこの地へ戻られるがいい」
 真摯な言葉に、胸が熱くなった。
「──拝領します」
 そう言って、俺は親父の手からこの剣を受け取った。その瞬間、実際の重さよりも更に重く、ずしりと俺の掌に響くものがあった。今この時の親父の思いだけでなく、連綿と継がれてきた一族の思いの全てを共に受け取ったのだと、そう感じた。
「炎の守護聖として、草原の男として、この剣に恥じない生き方を貫くことを、今ここに誓約します」
 しっかりと剣を掲げ、親父の目を見てそう言うと、その目がわずかに潤んで揺らぐのがわかった。
「オスカー、お前は私の誇りだ」
 低い声でそう言って、親父は俺を引き寄せ、がしっと短く抱擁した。越えたくて越えられなくてずっと追い続けていた大きな存在が、ついに対等の男として俺を認めてくれた一瞬だった。
 きっと生涯忘れられない記憶になる。そう思った。

 それから俺は、自分が十五の年から愛用していた剣を外して、代わりに親父に差し出した。
「キリアンが然るべき年令になったら、渡してやって下さい。これもよい剣だし、炎の守護聖となる者が持っていたものなのだから、きっと縁起も良いでしょう」
「承知した」
 親父は俺の剣を受け取って笑顔を見せた。
「後のことは心配するな。お前ほどの覇気には欠けるが、あれもいずれ真っすぐに強靭な草原の男となろう」
「心配はしておりません」
 俺は思わず笑って言った。
「まだ幼いが、あいつは知将の目をしている。何かと熱くなりがちな俺よりも、冷静に物事を捉えるよい当主となるでしょう」
 そう言ってから、俺は今や自分のものとなった剣を佩き、その重みと手ごたえにあらためて身の引き締まる思いを味わった。
 草原の星を遠く離れて、これから何百年の時を過ごすのだとしても、ここに確かに故郷の一部がある。それは俺の力となり、誇りの礎となるだろうと、その時強くそう思った。


 …そして今。
 遠いこの地にあって、俺はこうしてこの剣を常に携え、俺の剣は恐らく弟の子供か孫が受け継いで、草原に俺の想いをつないでいってくれている。
 それは信頼に結ばれた強い絆だ。そして、決して感傷のような甘いものではない。少なくとも俺にとっては、この剣の所持者として恥じることのない行動を取れているかどうか、常に意識し自らを省みるその指針となっているんだ。
 この剣は、俺にとって故郷とのつながりであると同時に、自らの原点、そして依って立つところを明らかにする誇りの象徴だ。
 その意味で、こいつはこの炎のオスカーの精神の象徴になっていると言っても過言じゃないな───










 ああ、思いがけず長い話になっちまったか。部屋まで送ってくるだけのつもりが、つい長居してしまってすまなかったな。
 これまで誰にも、ここまで語ったことはなかったが…聞いてもらえて嬉しかったぜ、お嬢ちゃん。
 ……どうしてかな。
 真剣に俺の話に聞き入ってくれるお嬢ちゃんの、その瞳の色のせいかもしれない。
 何にせよ、お嬢ちゃんに喜んでもらえて光栄だったぜ。

 さて。俺はそろそろ退散するか。
 これ以上ここにいたら、このまま帰りたくなくなっちまうかも知れないからな?
 ──っと、なんて顔をしてるんだ。冗談だよ、冗談。


 ………たぶん今はまだ、な…。



あとがき

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