◇ FORTUNE ◇
「占い師」っていうと、所詮はお遊びに近いようなものだろうとか、いい加減な眉唾ものだとか思う人も結構多いんだけど。
火龍族の占者の能力っていうのはね、そういうよくある売卜みたいなものじゃないの。もっと確かな力なのよ。どちらかといえば、宇宙の波動を読む術に長けているっていう風に言った方が近いかしらね。
ほら、女王陛下や守護聖様達のサクリアっていうのは、基本的にそうした宇宙の波動に心を添わせて、働きかけを行う力でしょう?
守護聖様の力はそれぞれの属性に関わる部分を震わせ、共鳴を起こして活性化するもので、女王様の力は全体に影響を及ぼす普遍的な力だっていう違いはあるけど、基本は一緒。宇宙の運行の流れっていうものへの共感力と、そこへ積極的に干渉する力の合わさったものよね。
私たち火龍族の力は、そのエネルギーの流れだけを一方的に感じ取り、読み解く力だって言ったらわかりやすいんじゃないかしら。感じるだけで干渉する力はないんだけど、その分とても鋭敏だということみたい。
もちろん、占い師達にもそれぞれ得手不得手な領域というものはあって、時空軸に沿ったエネルギーの流れの黄金律に敏感な者は予言を得意とするし、人の心の波動に特に繊細な感受性を持つ者は、主に人間関係の占いに適した力を持っているってわけ。
私? 私はね──うふふ、自慢みたいになっちゃうけれど、そのどちらにも秀でている、極めて稀な優れた占い師なのよ。だからこそ、今回のこの女王試験への協力者として、占いの館で女王候補さん達の手助けをするっていうお役目を賜わったわけなんだけど。
更に言うなら、私は「人の想い」というものに、ほんの少しだけ働きかける力も備えているのよ。そういう占者は、火龍族の中にもそう沢山はいないんだから!
まあそんなわけでね、この火龍族きっての占い師サラが、飛空都市での占いのお仕事を任されてるの。
なんでも、宇宙の波動にいかにうまく心を添わせて共震させることができるかどうかが、女王としての適性を量る一つの大きなポイントなんですってね。つまり私の占いから得られる、女王候補さん達と大陸との相性だとか、守護聖様の力を効率良く引き出して大陸へ導く適性だとかも、試験の結果を左右する重要データのうちってわけ。まあこの辺りは、王立研究院の責任者として一緒にこの飛空都市に来ているパスハ──私の大切なひと──の受け売りなんだけど。
なんにしても、責任ある大事なお役目よね。やりがいもあるし、二人の女王候補さん達もそれぞれ可愛いし、この試験に協力できて良かったと思うわ。
そう…試験が始まって二月くらい経った頃だったかしら。その女王候補さんの一人、アンジェリークが、ちょっと恥ずかしそうにもじもじしながら占いの館を訪ねてきたの。
あ、これはおまじないを頼みに来たんだなあって、私にはすぐわかったわ。
なかなかそれを言い出せずにいる彼女に、「恋のおまじないがしたいのね?」って聞いてみたら、アンジェリークはぱっと赤くなって、小さく手を振りながら答えたわ。
「こっ、恋だなんて。私は女王候補としてここにいるんだし、恋とかそんなこと考えてていい立場じゃないです」って。
でもあんなに素敵な守護聖様方と毎日一緒にいて、恋心の一つも芽生えない方が不思議じゃない? 私は断然、恋する女の子の味方よ。
「あらそんなの関係ないわ。人を好きになるのは素敵なことよ。女王様だって、女の子が恋することをおとがめになる筈なんてないと、私はそう思うわ」
そう力づけてあげたら、彼女はちょっぴりはにかみながら小さく微笑んだわ。
「あの…ただ、今よりちょっとだけ仲良くなれたらいいなあって。…それだけでいいの」
まあ、最初はなかなか素直になれないものですものね。それはわかるわ。だから私もそれ以上の追及はやめておいて、にっこり笑ってみせてあげたの。
「いいわ、任せてちょうだい。私のおまじないは本当によく効くのよ? それで、どなたと仲良くなりたいのかしら?」
そう尋ねて、アンジェリークがためらいながら答えようとした時だったわ。
「失礼」って、よく響く声がしたと思ったら、天幕をばさりと開けてオスカー様が入って来られたの。
その時のアンジェリークの顔ったら!
それこそ首まで真っ赤になって、かちんこちんに固まって、おまじないを頼みたい相手というのが誰なのか、聞かなくてもわかっちゃったわ。
「おっと、先客があったのか。これは済まなかったな、お嬢ちゃん」
オスカー様はそう言ってアンジェリークに微笑みかけられたけど、彼女の方はもうほんとにそれどころじゃなくなってたみたいだったわね。オスカー様はそんな彼女を見て、ちょっと困ったように笑って言われたわ。
「明日の中間審査の前に、女王候補達とそれぞれの大陸の相性度を確かめておこうと思ったんだが。可愛い先客があるようだし、また出直すことにしよう。失礼したな」
「あっ、あのっ、私の用事はもう終わりましたからっ」
頬を真っ赤に染めたまま弾かれたように立ち上がったアンジェリークを、オスカー様はちょっと考え深げにご覧になって、それから少し口の端を上げるようにして笑われたわ。
「本当か? それならいいが。──だがもしサラへの相談事が守護聖との人間関係のことなんだったら、言ってくれれば俺が仲立ちの一つもしてやるぜ?」
チャンスじゃないの!
思いきって言ってしまえば?って気持ちをこめて、アンジェリークに目配せしたら、それをオスカー様に気付かれちゃったみたいで。
「どうやら図星みたいだな。で、お嬢ちゃんは誰と仲良くなりたいんだ?」
そう言って気軽に笑うオスカー様の前で、アンジェリークは一瞬ちょっぴり泣きたそうな情けない顔をして、それからオスカー様をちらりと見上げ、きゅっと目をつぶって、覚悟を決めたみたいにそのまま早口に言ったの。
「私、オスカー様ともっと仲良くなりたいです…!」
偉い! よく言えたわ!
そう思いながらオスカー様の方を見たら──。
あら。なんだかとっても嬉しそうなお顔。こんなオスカー様初めて見たわ。
「この俺と仲良くしたい、か。お嬢ちゃんのお願い覚えておくぜ」
口ではさらっとそんな風に言いながら、オスカー様ったらすごくいい笑顔なさってるんですもの。
あらあらあら。これってもしかして、おまじないの必要なんかないんじゃないかしら。
まあ、素敵。きっとこの二人はうまくいくわ。予感がするもの。私の予感は当たるのよ。まあまあ、なんて素敵なの。
出会うべくして出会い、引かれあうべくして引かれあう魂の絆が感じられて、私はとっても嬉しくなったわ。
候補を降りることにはなるかも知れないけれど、でも恋の素晴しさは他の何にも代えられないものですもの。その喜びをこの可愛らしい女王候補さんにも知って欲しいと、その時私は心からそう思ったの。
──そう思ったのだけれど。
ところが女王試験はどんどん進み、アンジェリークの大陸はロザリアの大陸をぐんぐん引き離して発展を続け……パスハの話では、もうアンジェリークが女王に決まるのは時間の問題なんだとか。
私自身、最近では彼女の上に運命の星を見てしまっているの。白く小さくきらめいていた彼女の星は、大いなる黄金色の波動を備えた暖かな光輝へと大きく育っているから。だから、彼女が新たな女王として至高の御座につくのはきっと正しいこと。
そうは感じるのだけれど──でも。
でもオスカー様はそれでいいのかしら。アンジェリークもそれでいいのかしら。きっとあの二人は熱烈な恋に落ちると、そう思ったのに──ちょっと、予感が外れちゃったかな。
そんな風にほんの少し、自信が揺らいでいたこの頃だったのよね…。
☆
女王試験も佳境に入ってから、パスハは研究院に詰めきりになっちゃって、この頃は毎晩遅くまで、ずうっとお仕事で忙しいみたいなの。
あの人、仕事にはほんとに真面目で熱心で、それはいいんだけど、そうなると自分のことがおろそかになっちゃうようなとこがあるのよね。ちゃんと食事もとってるのかしらとか、ちょっと心配になっちゃって。
だから、急に思い立って、彼に夜食を届けてあげることにしたの。きっと喜んでもらえるわ。
バスケットに彼の好物をあれこれ詰めて、さすがに夜はこの飛空都市でもちょっと冷えるから、頭から長いベールを被ってすっぽり体を包み込み、いそいそ出かけていったわけ。
公園を横切って行こうと思ったのは、少しでも早く研究院に着けるかなって、そのくらいの気軽な気持ちだったのよ。
そこで、オスカー様をお見かけしたの。
オスカー様は東屋に一人佇んで、星空を見上げていらしたわ。
とても印象的な姿だった。いつものように背筋をしっかり伸ばして、口元をひきしめて、片手を剣の柄の上に軽く置いて。
ほんの少しだけ憂いがちな中にも強い意志を秘めたその表情には、どこか神話の英雄みたいだと、そんな風に感じられるものがあったわ。とても強く心の琴線に触れてくるものがあって、私は思わず足を止めてその立ち姿をじっと見つめてしまったの。
その時、確信したわ。
ああ、やっぱり私の予感は間違ってはいなかったんだなって。
きっと──きっと、アンジェリークが女王位についても、オスカー様は彼女を手にするだろうっていう、新たな予感が胸を満たしたわ。
立場の壁を越え、あらゆる困難をはね返して、その恋を貫くだろうって。
対立する種族の壁を越えて愛し合い、その末に壁そのものをうち払うことの叶った私とパスハのように。
それは、心も震える強い予感。
なんだか目を離せなくてそのままそこに立ち尽くしていたら、ふっとオスカー様がこちらに気付いて、表情を和らげて微笑まれたの。
「これは、うるわしの占い師殿。こんな時間にお一人でどうされたのかな?」
そう言ってから私の手のバスケットに目を止めて、なるほどと言うようににこりとなさると、東屋から歩み出ていらしたわ。
「研究院へ行くんだろう? 送っていこう」
「いえ、そんな。もうすぐそこですし…」
守護聖様をわずらわせるのはさすがに憚られてそう言ったんだけど、オスカー様はくすくす笑って、私の手からバスケットをひょいっと取り上げちゃったのよね。
「聖地に次いで安全なこの地とはいえ、こんな夜に女性を一人歩きさせておく訳にはいかないからな」
そうまで言って頂いちゃったら、お断りするのも却って失礼かなと思って、お言葉に甘えることにしたの。
オスカー様が何を思ってお一人で星空を見上げておられたのか、アンジェリークを女王位につけることをどう思っておられるのか。そう聞いてみたい気も少しはしたけれど、聞いてはいけないような気持ちの方が強かったのでやめておいたわ。
──ううん、ほんとはむしろ、聞くまでもないっていう気持ちが一番強かったかしらね。
そうして特に何も言葉を交さないまま公園を出て、ほどなく王立研究院に着くと、オスカー様はちょっとからかうように「パスハによろしくな」と言ってバスケットを渡してくれて、そのまま背を向けて立ち去ろうとなさったの。
「オスカー様」
思わず呼び止めると、笑みを含んだ落ち着いたまなざしで振り返られたわ。
「どうもありがとうございました。あの──ひとつ予言の言葉を贈らせて頂いてもよろしいかしら」
言葉が勝手にすべり出たという感じだったわ。伝えなければならない何かがあるという、衝動に近い気持ち。そう…占い師としての。
どうぞ、と言うように微笑んで私の言葉を待つオスカー様を前に、私は目を閉じて星の波動に心を委ね、そして降りてきた予言に半眼を開いてひとこと告げたの。
「あなたの望みは叶うでしょう」と、それだけ。
一瞬、虚を突かれたように瞬きをされたオスカー様が、次の瞬間ゆったりと艶めいた笑いを浮かべるのを、私はどこか厳粛な気持ちで見つめていたわ。
「それは心強い言葉だ」
オスカー様はそれだけ言い残して再び私に背を向けると、そのまま迷いのないしっかりとした歩調で立ち去って行かれたわ。
その後ろ姿になぜかひどく心を揺さぶられながら、私はいつか胸の中でつぶやいてた。
運命というものは、決して動かし難く決まってしまっているものではないのだわ。
大きくゆるやかなその流れの中で、どの方向に進んでゆくかはその人次第。
泰然と流れに身を委ねるのも、意志の力で抜き手を切って望む方へと進んでゆくのも……全て、その人次第。
運命の女神は勇者をこそ愛するというけれど。
何をもって勇気とするか。それは畢竟、進むべき道を選び取るその人自身が、自ら決めてゆくことなのかも知れない。
星々は何も決めない。
星達はただ、その流れの向かう先を、微かな声で歌うように告げるだけ。
…ああ。
星のささやきが聞こえるわ────
《 あとがき 》
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