小景・午後の公園


◇ 小景・午後の公園 ◇



 穏やかな日差しのもと、昼下がりの公園は行き交う人もまばらで、どことなくのんびりとした空気に包まれている。
 木立の傍らでちらちらと木漏れ日を浴びているベンチの一つに腰かけて、ロザリアは育成資料のファイルに挟んであった手紙を取り出して開いていた。
 飾り気のない封筒から出した手紙はそれなりに厚い。以前ロザリアがフェリシアの育成の中で疑問に思ったあれこれについて、なにげなく尋ねた質問への回答書だ。その場では、少し調べてみたいので一旦あずからせて欲しいと言われ、その答えをまとめたものだった。
 問われた点についてだけでなく、関連して知っておくべきことや実際の応用への知見、参考資料として当たっておいた方がよさそうな文献のタイトルと読んでおくべき理由についてまで、事細かに書き連ねられている。さらには念の入ったことに、資料は王立研究院でだいたい揃うだろうが、見当たらないようなら自分の蔵書を貸すので言ってきて欲しい、とも書き添えられていた。きちんと揃った文字も言葉選びも、端々に至るまでその人柄がしのばれるように思われて、ロザリアはほんのり微笑んだ。
 微笑みながらもう一度文面にゆっくり目を通して、きちんと畳んでしまおうとしたところで、横合いから歌うような明るい声がかけられた。
「ロ〜ザリア?」
 くすくすと楽しそうな笑いとともに、アンジェリークがトトッと軽い足取りで駆け寄ってくる。彼女もまた資料のファイルを胸に抱えて、育成の帰りであるようだ。
「あらアンジェリーク。あなたも聖殿からの帰り?」
 落ち着き払って手紙を封筒にしまいながらそう返すと、アンジェリークはうんっと頷いてそのままストンとロザリアの隣に腰掛けた。
「ね、ね、お手紙? どなたから?」
 うきうきと弾むような口調で問われて、ロザリアは小さく苦笑した。
「前にちょっとルヴァ様にお尋ねした項目へのお答えよ」
 そう言いながら、封筒をちらりと掲げて深緑色の封蝋を示してみせる。アンジェリークはちょっと虚をつかれたような顔つきになって、小さくふぅんと応え、それからちらっとロザリアを見て再びいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「それにしては、なんだかロザリア嬉しそうだったわね?」
「そ、そうかしら?」
 目元をほんの少しだけ赤らめるロザリアの反応に、アンジェリークはうふふと楽しげに笑みを深めた。
「うん、すごーく柔らかく笑ってから、お手紙見つめてとっても優しい顔してたもの。…お手紙なんて、ゼフェル様でもランディ様でもないっぽいかなって思ったから、どなたから頂いたのかしらって」
 同じ女王候補寮に暮らすもの同士、互いに相手の部屋を頻繁に訪ねる守護聖が誰誰であるかということくらい自然にわかってしまうものだ。最近はゼフェルとランディが熱心に競い合うようにしてロザリアを誘い出そうと訪問を重ねていることは明らかで、その割にロザリアの方は丁重ではあるがさらりと優雅に彼らをあしらっているようにアンジェリークには見えていた。そのことを指摘してから、彼女はちょっと小首をかしげてロザリアを見た。
「だからね、ロザリアはもっと大人っぽい方の方が好きなのかなあって何となく思ってたの。ジュリアス様とかオリヴィエ様とか、オスカー様、とか」
 最後のあたりだけ、わかるかわからないかくらいにほんのちょっとだけ早口になってから、アンジェリークはふふっと笑顔になって、どこか嬉しそうに呟いた。
「そっかぁ。ルヴァ様だったんだ」
「……そんなんじゃないわ、バカね」
 口調とはうらはらに頬をほのかに染めて、ロザリアはふいっと顔を逸らした。
「とても丁寧にお答えをいただいて嬉しくは思ったけれど、それだけのことよ」
「ええー? でもロザリアのあんなに柔らかい表情って見たことなかったし、それに今だって顔が赤いし?」
「嘘よ、そんなことないわ」
 上目遣いに指摘されて一層頬が赫らむロザリアに、アンジェリークはくすくすと嬉しげな笑いを深める。
 ロザリアはむうっと一度柳眉を寄せると、ことさらにツンと顎を上げるようにして言い返した。
「だからそんなんじゃないって言ってるでしょ。それにそんなに心配しなくたって、わたくし、あなたのオスカー様に近づこうとか考えてなんかいなくてよ」
 思わぬ方向からの反撃に、アンジェリークはうろたえたようにエエエと小さな声を上げてから、こちらは耳まで真っ赤になってあわあわと手を振った。
「そっ、そんな、えっと、私だってそんなんじゃないもん…!」
「あらそうかしら。そりゃあ最初の頃には、からかわれてイヤだとか言ってはぷんぷん怒ってばかりいたけれど、近頃はオスカー様のお誘いには、すごく嬉しそうに応じているじゃないの。それにあなたがいつもオスカー様のことを目で追ってばかりいることくらい、わたくしにはお見通しですからね」
 畳み掛けるように言われて、アンジェリークは赤く染まった頬を両手で押さえてううーと小さく唸った。そんなアンジェリークの目の前で細指を振りたてて見せながら、ロザリアはびしりと言い放った。
「白状なさいな。わたくしにまでそんな探りを入れてみたくなるくらい、いつもいつでもオスカー様のことが気になって仕方がないんでしょ」
「うう、ロザリアの意地悪〜〜」
 アンジェリークはすっかりやり込められたように小さくなってむぐむぐと呟きをこぼした。それから彼女はふっと表情をあらためると、少し真面目な顔つきになってロザリアを見た。
「でもそんな風に言うってことは、ロザリアもルヴァ様のことが気になって仕方がなかったりするの?」
 思いのほか真剣味をおびたその口調に、ロザリアも思わず一瞬口ごもり、気を取り直したように唇をきゅっとひきしめると、アンジェリークを軽く睨んでみせた。
「もう! だからそこから離れてって言ってるのに!」
「えええ〜、むしろもっとちゃんとお話したいんだけど。ねえねえ、今晩ロザリアのお部屋に行ってもいい?」
「……っ、どうしてそうなるのよ!」
「いいじゃない。ねえロザリアぁー?」
「〜〜〜〜…もうっ、仕方のない子ね!!」



「………仲良いねェ〜」
 少し離れた遠くから二人の女王候補のじゃれ合いを眺めていたオリヴィエは、フフッと笑ってひとりごちた。
 何を話しているものやら、それはさだかにはわからなかったけれど、二人の息がぴったり合っていることは見てとれる。
 あの二人なら、どちらが女王位についたとしても、もう一人はきっと相手を助けて共に宇宙を支える役目を分かち合うのじゃないかと、ごく自然にそう思えた。
 それは宇宙にとってもとても幸せなことだと、そう思える。そしてその日はきっとそれほど遠くない。
「──なべて世はこともなし、かな?」
 オリヴィエはそう呟いてひっそり笑い、光あふれる公園の小径をぶらぶらと歩いていった。


あとがき

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