「お疲れさま。今日は誰につかまりました?」
女王のドレスに身を包んだアンジェリークが、にこにこと笑いながらオスカーにコーヒーカップを手渡す。
微笑んでそれを受け取り、指先で襟元を軽くくつろげながら、オスカーは小さく苦笑した。
「まずジュリアス様、それからリュミエールに、ルヴァだ。今回は少なくて済んだ方かな」
「いつも大変ね?」
ふふっと笑いながら、アンジェリークはオスカーの隣に腰を降ろして、その腕に軽く身を添わせた。
「もう大概慣れたがな」
オスカーはちょっと肩をすくめて笑い返し、それから彼女が手ずから入れてくれたコーヒーを実にうまそうにすすった。
帰ってきたなという実感が、彼の身内を満たす。
守護聖としての女王への帰還の報告は、補佐官の立ち会う謁見の間で、きちんと礼を尽し、形式をふまえて済ませてある。そのあと労をねぎらうという形で私室に招かれ、それから後は二人の時間だ。
マントと剣帯を外し、守護聖の顔を脱ぎ捨ててくつろぐオスカーの姿を傍らで見上げながら、アンジェリークは柔らかな笑みを浮かべた。
先の報告の際も彼は淡々と事実と結果をのみ述べて平然とした顔をしていたが、その実今回の出張はいつにも増して緊張を強いられる、大変厳しいものであったのだ。
自分の心身にかかった負担や疲労について、あからさまに言葉や態度に出す人ではない。そのことをよく知っているからこそ、今、こうして自分の前で、ほっと力を抜いた顔を見せてくれていることがとても嬉しい。
アンジェリークは幸せそうに微笑んで、そっと彼の肩に頭をもたせかけて呟いた。
「お帰りなさい、オスカーさま」
オスカーはその小さな呟きに目を細め、サイドテーブルにカップを置くと、彼女のほっそりした肩を抱え寄せて白い額に軽く口づけた。
「…ただいま、アンジェ」
柔らかく香しい髪に半ば顔を埋めたまま、呟くように唇が動く。アンジェリークは嬉しげな笑みと共に腕を伸ばして、オスカーの広い背中をぎゅうっと抱き締めた。
微かな、満足そうな吐息が髪にかかる。それだけでどうしてこんなに幸せな気持ちになるのだろう。アンジェリークは彼の胸に頬を埋めながら、にっこりと微笑んだ。
「──会いたかった」
耳もとに送り込んだ言葉に応えるようにしなやかに添ってくる華奢な体を、しっかりと両腕で抱え直しながら、オスカーは低くくぐもった声をたてて笑った。
「やっぱり、こうして本人に抱き締めてもらうのが一番だな」
「…なあに?」
顔を上げようとして身を離しかけるアンジェリークをきゅっと一度抱き締め、それから自分の膝の上へ彼女の体を抱え上げる。そのまま額と額を合わせるようにしながら、綺麗な翡翠の瞳を覗き込んだ。
「君のそばが一番だってことさ。君ときたら、いつでも暖かくて柔らかくて、唇は蕩けそうに甘い。このまま溶け合っちまえたら最高だ」
「もう、オスカーさまったら」
くすくすと笑い交わしながら、唇を重ねあう。
深まるキスに応えてアンジェリークの腕が彼の首筋へと回され、細い指が固い髪を探る。なんという心地よさ。
目眩に似た陶酔に溺れ込むことを自分に許しながら、オスカーは幸福な吐息をついた。